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恋の始まりまず「告る」

仲間と喜びも悲しみも共有

八木哲

2000年1月12日(水)産経新聞静岡版”学びと教えの現場から”掲載

「当世中学生恋物語」(上)

 四年前の二月,ちひろを句会に連れていった。ちひろは中学二年生であった。教え子である。
 ちなみに句会では,姓ではなく,名(人によっては俳号)のみで呼び合う。この稿でも,ちひろさんではなく,ちひろとする。
 当日の席題の一つが「靴」であった。いわゆる宿題を「兼題」,その場で決められるものを「席題」という。その折り,満座を唸らせ,最高点を取った句がある。次の一句である。

げた箱で
あの人の靴はいてみた
            ちひろ

 この,「思春期句」とでも称すべきちひろの句は,並み居る他の句を寄せつけなかった。一同,暫(しば)しの「胸きゅん」を余儀なくされたのである。そういう句であった。
 ちひろの今は,受験目前の高三。とても「靴はいてるヒマ」なんてないかもしれない(じゅうぶんあるカナ?)

 この折のちひろ,およびその前後の年代を「思春期」という(らしい)。まことにかぐわしい響きである。その真っ只中にいるのが中学生。そのお相手をしている(してもらっている?)のが私であります。
 私のような,現場の,主として小中学校の教師による,具体的な事実・おもしろエピソード。それらを,余すところなく,学校外の皆さんにお伝えしていこう,というのが本連載の眼目とするところです。
 どうぞお楽しみに。
 手始めが,私による「中学生編」(とりあえず三回)です。
 ちひろのように「恋に落ちてしまった」あるいは「恋が芽生えてしまった」者たちは,「靴をはく」以外に,どのような行為に及ぶのであろうか?
 先人の言葉「恋の道は女が賢(さか)しい」に則って,私は中三の女子生徒たちへの直撃インタビューを敢行した。以下報告する。
 まず始めに,「告白」がなされる。これを「告(こく)る」という。(ちなみに受動態は「告られる」である。)
 自ら「告る」者もいれば人を介する者もある。後者のケースの方が多いのではないかという観測も述べられた。
 「告る」ことを決意した者はどうするか?
 仲間たちに「告るねー」と報告するのだという。
 うまくいかなければ「あー」と共に嘆き合い,「大丈夫だよー」などと慰めてもらう。
 事が成れば,「よかったねー」「おめでとう」となり,ひと月ごとに「記念日」を祝い合うのだという。
 この時期,仲間というのは「親以上」の存在であることもある。小学校五年生くらいから,とりわけ女子において,その傾向が強まる。
 さて,いわゆる「つきあい」が始まるとどうなるか?
 たとえば「ネープレ(ネームプレート)・名札」を交換する。
 あるいは手紙を書き合う。男子の,信頼できる情報筋によると,手紙の場合,「女子に書かされる」「返事に四苦八苦する」男子が圧倒的であるという。宜(むべ)なるかな。
 そのほか,・休み時間ごとに合う・階段で話す・一緒にかえる・電話をかけ合う(といっても,「女子から」が圧倒的。かける前に,内容をすべて紙に書き出し,言う順番も決めておく。周囲に会話が聞かれぬよう音楽を流しながらかける。沈黙が生じてしまった場合の口上も用意して臨む。たとえば「家の人が電話使うから切るねー」など。まことに行き届いた配慮である。先人の言葉は正しかった。)
 まさに「学びて厭(いと)わず,教えて倦(う)まず」(孔子)というインタビューのひとときではあった。

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